さくら木ヴィレッジ
WORKS
さいたま市大宮の市街地に建つ、単身居住者のためのアパートである。
エントランスを入るとホローブロックが積み上げられた路地空間が奥へと続く。2階は、ラベンダーの庭を中心にロの字型に住戸が配置されている。3階へは庭の上空を斜行する階段を設け、通路に塀を巡らし、視線の見合いを避けている。
このアパートの階段、通路は都市につながる立体街路として仕掛けられている。都市から階段、通路そして住戸へとの連続に回遊性、幅員の変化、適度な文節、上空への開放性などが意図されている。それらの中心に屋上庭園があり、そこに斜行する階段に彩色されたブルーは楽園から天空への憧憬を表現する。

都市における単独居住者の増加が顕著である。東京都内では一般世帯数に対する単独世帯数の割合は、1985年に28.8%、1990年に30.86%、1995年に38.12%と上昇している。高齢化、晩婚化、女性の社会進出などによってさらにこの傾向は進んでいる。
単独で都市に居住する冒険者が都市に求めるものは多様であろう。都市はその欲望に対応して変容し、欲望を消費させつつ巨大化するが、孤独な単身者は、膨大な他者との出合の奔流のなかで、いつか自己に戻らなくてはならないことを感じている。巨大な都市から小さな居場所にかへる時を待つ。
立原道造のソネットに〈私のかへって来るのは〉と題された作品がある。
私のかへって来るのは いつもここだ
古ぼけた鉄製のベットが隅にある
固い木の椅子が三つほど散らばってゐる
天井の低い 狭くるしい ここだ
ランプよ おまへのために
私の夜は 明るい夜になる そして
湯沸かしをうたわせてゐる 小さい炭火よ
おまへのために 私の部屋は すべてが休息する
―――私は けふも 見知らない友を呼びながら
歩き疲れて かへって来た 街のなかを 私は けふも 疑ってゐた そして激しく乾いてゐた………
窓のない 壁ばかりの部屋だが 優しいが
すっかり容子をかへてくれた ……私が歩くと
ここでは 私の歩みのままに 光と影とすら 揺れてまざりあふのだ
あへて言葉を継ぐこともないが、私の存在が根ざしている場所、やがて眠りへと入り込んでいく住まいとしてのここが、身近に親しくうたわれている。現代の単身居住者にとってもオフィスという〈かしこ〉からすまいという〈ここ〉への帰還は、休息を約束してくれる、光と影の揺れてまざりあふ無意識の世界への回帰なのだ。
さて、このさくら木ビレッジはさいたま市大宮の市街地に建つ、単身住居者のためのアパートである。立原道造がうたった部屋は日本橋の屋根裏の自室であったという。
このアパートの住人の心には何が宿ることだろう。
一戸の規模は約30㎡、3層、25戸が集合している。住戸はロの字型に配列し、中央の2階屋上の中庭を中心としてミクロコスモスを構成している。屋上庭を配したために1階は路地的である。2階が回廊となるので、3階にさらに通路が重なることを避けるため、庭の上空を斜行する階段を設けて動線を処理し、通路には塀を巡らした。
以上によって各階はそれぞれ異なる表情を持つ。すなはち1階は路地、2階は回廊、3階は塀である。庭園からヒントを得ていることはいうまでもない。庭は、都市生活者を彼の原風景へと誘う深層の記憶を基底に保持している。通路の鋪設も鉄平石、洗い出し、である。
つまりこのアパートの各階それぞれに重層して庭をいれこもうとしたのだ。いいかへれば上層階にも接地性を求めたといえよう。立原道造のかへるところに光と影の揺れあいがあるならば、ここには草花と虫たちの戯れがある。樹木のかおり、虫の羽音、ケンを競う花々が迎え、彼の深層にそれらとのふれあいの記憶をよびおこすであろう。
住居はいうまでもなく都市と関連している。このアパートの階段、通路は都市につながる立体街路として仕掛けられている。都市から階段、通路、そして彼の住戸へとの連続に回遊性、幅員の変化、適度な分節、上空への解放性などが意図されている。それらの中心に屋上庭園があり、そこに斜行する階段に彩色されたブルーは楽園から天空への憧憬を表現する。それらは3層に重層して樹木や、草花、虫たちと共に無機質な都市の迷宮の中で濃密な意味を持ち、世界における私たちの生のありかたそのものを形成する場となる。
〈住まうことの本質は、死すべきものとしての人間が、大地、天空、神的なるものはかたちづくる関連に入り込む実在的な体験そのものにある〉とハイデッガーは1952年ダルムシュタットでの講演で述べた。大学で建築を専攻した立原道造が、もっとも根源的であると述べている〈住み心地の良さ〉という建築体験も、そこに見い出されるのであろう。孤独な単身者は都市からそこへかえる。家路につく彼を待っているのは使いのこされたその日の未来ではあるが、彼はそれが彼の過去であることを知っている。彼の居場所は、庭での深層の記憶と共に、彼の過去と過ごす場所である。彼が眠りにつく時に意識に浮かぶことは今日と明日の出来事であろうが、眠りの中で、無意識の世界で、大地、天空、神的なるものと、そして都市と自己と他者と、すべてが関連する世界の内で、休息する。そこが彼の居場所である。