ゼフィール
WORKS
1階がギャラリースペースと店舗、2階に我々の事務所のある建物である。
構造家の増田一眞氏の提案によるフェロセメント折版構造による吊り床構造が特徴である。
鉄網をセメントモルタルで固めたフェロセメント版は靱性に富む材料として船の側板などに利用されてきた。引張強度は150㎏/㎡程度あり、引張、圧縮の両応力が期待でき、また鉄網が主体であるため任意の局面に成型が可能である。この性質を利用して、V型折版によるスリーヒンジアーチを並列させて中間にある2階床を吊りこんだ2層分の架構である。
アーチで囲まれた空間はガラス屋根で覆われ、2階の壁はかわるがわるに光の壁と木造の壁となり、屋根からの光は1階に降りそそぎ、レンガの壁面に反射して、不思議な陰影とリズミカルな空間をつくりあげている。
この空間は、鍛冶・左官・大工・レンガのいずれも成熟した技術に支えられた、ブリコラージュ(器用仕事)の結実である。


△建築雑誌 増刊 作品選集1992
首都圏の街角に1階を店舗・ギャラリー、2階を事務所として計画された。過剰な都市空間に対して、工夫と身近な技術による、知的なブリコラージュ(器用仕事)である。
構造家の増田一真氏により、フェロセメント版による折版アーチ吊り床構造とでもいう架構が提案された。鉄網をセメントモルタルで固めたフェロセメント版は靱性に富む材料として船の側板などに利用されてきた。引張強度は150㎏/㎠程度であり、引張、圧縮の両応力を期待でき、また鉄網が主体であるため任意の曲面に成型が可能である。この性質を利用してV型折版によるスリーヒンジアーチを並列させて中間に2階床を吊り込んだ2層分の架構である。桁行方向は立体トラス的構面によって安定している。吊ることにはいささか決断を要したが、緊張感のある架構となり、自由な平面が可能となった。
アーチで囲まれた空間はガラス屋根で覆われ、2階の壁はかわるがわるに光の壁と木造の壁となり、屋根からの光は1階に降りそそぎ、レンガの壁面に反射して、不思議な陰影とリズミカルな空間をつくりあげている。
フェロセメント版は下小屋で製作され、各版は現場ボルトで緊結、組み上げられた。CT鋼の縁に6㎜鉄筋メッシュを取り付けクリンプトンネットを張り、水セメント比35%のモルタルを塗ったが、固いので左官屋さんは苦労したようだ。鍛冶・左官・大工・レンガのいずれも成熟した技術であり、ブリコラージュの要素といえる。
●選評(渡辺邦夫)
大宮市の繁華街に建つこの小さな建物は、独特な存在感に溢れている。白色フェロセメントを利用した特有な構造方式と手造りでなければ実現不可能な工法の採用がそれを証明している。2階の床を全体の架構から吊ることによって、さらにこの空間を際だたせている。現地に行ってみると設計者の家族的な小空間を如何に豊かなものにするかという設計意図を理解することができる。空間の全体構成は太陽光の取り入れ方を含めてほとんど宗教建築に近い荘厳さを秘めているものだが、それを現代の商業建築としてうまく利用している点でも独自性を発揮している。建設地周辺は、近い将来再開発されることを予測して解体、再組立てにも配慮がされている。


△ディテール 春季号108 1991-APRIL
折版アーチ構造のディテール
私の家内が構想していた和食器の店をいよいよ経営することとなり、1階を店舗、ギャラリー、2階を私の事務所として建てることになった。敷地は首都圏の平凡な街角である。電脳都市化ともいわれる近代の都市の傾向に対して、この建築を、職人的知性とでも言うべき工夫をこらし、手仕事による技術への信頼を確認しながら作り上げようとした。
周辺の景観を考えると、店舗、ギャラリーは壁に囲まれて上部から光が注ぐ、柔らかく包まれた内部がイメージされたが、以前に試みた折版によるアーチ構造は、折り紙のような壁面を作り、かつ軽快で、その空間にふさわしく思われた。そして長年付き合っている増田さんにより、フェロセメント版による折版アーチ吊り床構造とでもいう架構が計画された。2階のスラブを吊ることにはいささか決断を要したが、緊張感のある折版アーチとなり、自由な平面が可能となった。外壁はれんがを一枚半積みとして内装を兼ね、架構から独立させるためにスリットを設けた。2階のガラス屋根からの光は、アーチとアーチの間の小空間(セル)を通して降り注ぎ、れんがの壁面に反射して不思議な陰影とリズミカルな空間を作り上げている。この小空間(セル)は中空ポリカーボネート板によって包まれ、暖まった空気は小屋根から自然排気され、断熱効果が期待されている。広々とした1階には、入れ子状に木造で倉庫等の間仕切を設けた。2階のアーチで囲まれた空間は、ガラス屋根に覆われ、折版アーチごとにポリカーボネート板による光壁と木造の壁とが、替わる替わるに壁面を作る。
架構体はパーツに分解されて下小屋と現場で製作され、組み上げられた。それぞれ床版、柱版、梁版、合掌版は厚さ5㎝にそぎ落されて、最小限かつ明確な意味を与えられ全体を構成している。その切り口は新鮮に見えるだろう。製作は町の鍛冶屋さん、左官屋さん、れんが屋さん、大工さんによって行われ、ブラントなど大型生産設備は必要としない。フェロセメント版は水セメント比35%以下の固練りで、左官屋さんは大変だったようである。いずれも私たちにとって身近な技術であり、十分に成熟した技術であるから、将来この建物を都市の記憶として改築または移築するときにも対応できよう。以上のように架構体がパーツとして製作されているため、配線・配管は2階床下を基本とし、照明器具も含めて露出となった。空調はガス吸収式冷温水発生機によるパッケージ方式である。
それぞれのパーツが次第に秩序を組み上げていく現象を見ていくうちに、これは、レヴィ・ストロースが〈野性の思考〉の中でブリ・コラージュ(器用仕事)と呼んだ仕事の一つであるように思われた。
スラブを吊る折版スリーヒンジアーチ
V型折版を形成した下部のフェロセメント柱版と上部のフェロセメントアーチ版はジョイントされて、柱脚部と頂部の3点をピンとした折版スリーヒンジアーチとなる。2階のスラブ版はアーチのスパンに分割されて、折版アーチから吊られている。スラブ版は軽量化を図るために、鉄筋の張弦で補強された。折版アーチは連続してダイアゴナルな架構となり、梁版と立体トラスを形成して桁方向の応力に対処する。その立体トラスの小空間は、交互に吹抜けの部分とセルとなる部分とになり、屋根のガラス波板から注ぐ光が、その小空間に光と影を演出している。外壁は鉄筋を入れたれんがの1枚半積みとし、折版との間はガラスのスリットとした。また梁版は軒樋を兼ねている。
ジョイントヒンジ詳細
アーチの頂部(A部)と柱部(C部)スラブの吊り元(D部)は19㎜鋼板を加工してヒンジを製作し、フェロセメント版およびスラブ版に先付けし、建て方時にボルト締めジョイントとした。逃げのない架構であり、1㎜の余裕で無事納まったが、原寸模型が役に立った。なお、柱脚はV型折版の間にモルタルを充填して応力の集中に対処している(C部)。柱版、梁版、アーチ版それぞれのジョイント(B部)は、版の縁に取り付けた6㎜鋼板を@300、@600でボルトで接合した。
フェロセメントと折版アーチ
■フェロセメント版の原理
鉄鋼をセメントモルタルで固めた一種のコンクリート版はフェロセメント版と呼ばれ、靱性に富む構造材料として船の側板などに利用されてきた。
そのようなフェロセメント版が鉄筋コンクリートと異なる点は、次の2点である。
① 補強筋量が桁違いに大なること。
② 水セメント比が極めて小なること。
鉄筋コンクリートの鉄筋比はせいぜい1%以下であるが、フェロセメント版のそれは10%前後と1桁多い量である。水セメント比は35%程度のモルタルであるから、収縮率は少なく高強度のコンクリートとなる。これらの事実から発生する材料特性として、次の2点が挙げられる。
① ひび割れ幅が小さい上に補強鉄鋼によってひび割れが分散されるため、10μ程度の亀裂幅となる。
② 引張り強度が150㎏/㎠程度はある。
①により、不透水性のコンクリート版が、②により、引張り、圧縮の両応力が期待でき鉄鋼とコンクリートの中間の性質を示す弾性材料が得られるのである。水セメント比40%以下の固練りコンクリートでは数ミリ中性化は進むのに千年以上はかかるから、耐久的にも優れている。
また、鉄鋼が主体であるため、任意の曲面に成型可能であり、シェルには最適である。
こういう優れた特性を持つ材料なのに、主要構造に用いられない理由はない。ラスモルタルの改良としても、もっと多用されてよい材料である。
■鉄骨とフェロセメント
鉄骨は座屈しやすく、火にも弱い。
耐火、耐久に優れ、薄肉可能なフェロセメント版と鉄骨の組み合わせは、材料特性の合成を図る上でお互いの長所を発揮し合う方向として自然な発想であろう。躯体設計の現在の傾向として、コンクリートの品質と強度は低劣なままにしておいて、遮音とか耐久の理由から肉厚をやたらと増やす一方の、高強度薄肉の方向は忘れ去られているように見える。
躯体自重を極力軽くしてやるほか、多くの支持点に分散させることで、支持鉄骨の断面軽量を最少のものにすることが可能となる。
大宮市農業協同組合本店で試みた折面アーチの発展系として鉄骨とフェロセメントを併用した折板形状をスタディしたところ、床と躯体の自重を極限まで減らすことにより、相乗効果として細い構造部材の出現が可能なことを見いだした。
縁鉄骨は50㎜×50㎜のCT鋼であり、フェロセメント版の厚みも50㎜である。
床の軽量化の重点は、リブ付き薄肉床版と張弦構法の併用である。土間コン上の現場プレキャスト工法で床版を打設、リフトアップした。張弦は主としてたわみ防止を期待したものである。
■架構の特徴
断面図から想像される通り、架構はスリーヒンジアーチの並列である。折版で構成した静定安定なスリーヒンジアーチの中間に2階床を吊り込んだ2層分の架構である。脚部は外向きの反力、頂部では互いに押し合う力が作用している。フェロセメント版内では、脚部から頂部へ向かう圧縮の主応力線と、それに直行する引張りの主応力線の2組の曲線群は存在する。版の周縁は部分的な引張りのほかは圧縮応力で、特に最外縁に主要な圧縮力が生じている。桁行方向は折版自体が互いにトラス的な力の伝達を行うので、安定な構面となっている。(図-2)。
応力は支点に集中する脚部は折版幅が狭くなるので、途中から柱状にしている(図-1の柱脚部アイソメ)。